JUN MIYAZAKI

能力が足りないなら、
成長を続ければいい。

宮崎 潤 同志社大5回生
株式会社ネットプロテクションズ内定

ー最初に簡単に自己紹介をお願いします。

宮崎潤です。同志社大学の、いちおう5回生ということになります。学部はグローバルコミュニケーション学部っていうよく分からんところに行ってますと。

ー(笑)

中高とスキーをわりとガチでやってました。大学でも競技スキーを部活でやっていて、3年まで続けて、4年でやめました。大学では2回生のときに留学にも行っていて、帰国してから半年ぐらいしてSTORYに入りました。なのでSTORYには2年ほどいることになります。

ー部活は中高大とスキーを。

中高は同志社香里に通ってまして、中学入学当時、「6年間もあるから何かやりたいな」と思ってたんですよね。でも僕自身はそれまですごいゲーマーで、一日10時間とか普通にゲームしてるような奴だったんですよ(笑)。だから運動部に入る選択肢は頭になかった。ただそこで父親が「運動部にすべきだ」と声をかけてきたんですね。それまで両親が自分の意思決定に対して口出しすることはなかったので、ちょっと考えてみて、頑張ってみるかという気持ちになりました。

でもやっぱり自分は運動もできる方ではなかったから、最初は本当にしんどかった。根性で乗り切ってた感じです。でもしばらくすると、徐々に周りにもついていけるようになってきて、それなりに上手くなって、中1の最後には部活内で一番成績を残せるまでになったんですね。そこでモチベーションも上がってきて、全国中学選手権の出場を目標に頑張ってましたね。で、結局選手権には出られなくて。悔しくて高校でも続けて、またやっぱりギリギリでインターハイ出られなくて、それでまた大学に入ってからも部活やるモチベーションになって、という感じですね。

ー勝てなくて諦めることはなかったんですね。

エネルギーのかけ方も投下時間も、自分はまだまだ全然足りてないなという感覚を持ってたので、もっとやれると思ってましたね。ただ、大学でも部活として続けるどうかについては、学部の勉強と両立してやっていけるのかという点で悩みました。というのが、僕が所属してる学部のグロコミュってすごく忙しくて、そこと部活を両立するのはめっちゃ難しいというのが常識なんですよね。最終的には、「自分を厳しい環境に追い込もう」という気持ちが上回って、入部を決めました。

ーそもそもグロコミュを選んだ理由は?

自分の中で、「大学受験という一つの壁を超えずにきた」ということを自覚してたので、レベルの高いところに飛び込んでいきたいと考えたからですね。案の定、1年生の頃は部活と学部を両立するハードさを突きつけられて、その中で必死にもがいていたので、遊びに行った記憶が1、2回しかない(笑)。

2年生になってからは、1年間留学に行ってたんですが、これはこれで言語の壁と、人間関係に突き当たった時期でしたね。現地で全然他国の人達の会話についていけなくて、1年の時にあんなに勉強したのにダメなのかという気持ちでした。特にリスニングとスピーキングがきつかった。ほんとにちょっとずつ積極的にコミュニケーションをとっていく中で、解消していけた感じですね。

ー帰国してから、どんな経緯でSTORYへ?

帰国して3年生になってからは、部活と学部の勉強という日々に戻りました。変化があったこととしては、就活は3年から始まるということを聞いて、サマーインターンの選考とかに参加し始めたんですね。で、そこで全然企業に評価されなくて、受けた企業全落ちしました(笑)。

その時の自分は、大学でも結構頑張っていたし、どこか「自分は大丈夫やろ」と思ってたところがあったんですが、その甘さが打ち砕かれた感じでしたね。それで落ち込んでいる時期に、友人が声をかけてくれて、STORYに繋げてくれたという流れです。

ただ、STORYの採用面談でも、ボッコボコにフィードバックされました(笑)。僕は、今でこそこんな風に自分のことを話せるようになったんですが、当時は自己認知もクソみたいなもんで、全然話せなかったんですよね。それでも自分としては、人間関係の不和とか、対人とか、とにかく自分を改善して成長したいという想いがあったので、熱意だけで押し切ってどうにか入れてもらったような感じです。採用されたばかりの当時は、とにかく自分にできることを何でもやって、他のインターン生にキャッチアップすることに必死でした。

ー入社当時を今振り返ってみてどうですか?

面談でボコボコにフィードバックされた上で入社してて、「自分は全然ダメや」っていう想いがもともとあったから、ほんまに泥臭く努力してましたね。実際に活動し始めてからも、他者とのコミュニケーションが課題だらけで、「ほんまに自分は全然できひんな」って思ってました。だからこそ、どんなに泥臭いことでも自分にできることはどんどんやっていこうというスタイルでやっていましたね。

ー負荷がすごかったんじゃないですか。

そうですね。ただやっぱりそこで自分に向き合ってくれる人たちがいたから、自分も何かしら応えないといけないと思ってました。あと、「できていない自分を許せない」って気持ちは部活でも培ってきてるから、負荷があっても前向きに頑張れたかなと思います。

ーSTORYでの自分の変化というのは、どういったところに感じていますか?

能力的なところでいうと、物事を目的的に捉えたり、論理的に捉える思考が身に付いたかなと思います。自分はもともと言語能力が低くて、上手く話したり考えたりすることができてなかったんですよね。でもSTORYにいる以上それではダメで、改善しないと顧客にも組織にも価値が出せない。改善せざるをえない環境にいたからこそ、自分が何を伝えたいのかを纏めて話す習慣が身に付いてきて、徐々に本質的に話す力もついてきたと思います。

マインド面でいうと、「他者のために何かしたい」という想いが強くなったと思います。STORYにいると、「他者が求めていることを把握して、適切にそれに応えにいく」ということが普通にこなせないと、仕事で何の成果も出せないんだなっていうのを実感できるんですね。だから、他者に対しての価値を考える力はかなり身に付いてきたかと。人の求めていることを把握しにいってそれに応えて、というのを繰り返しているうちに、想いも自然と強くなってきたように思います。

ー入社された頃に比べて、組織の変化は感じますか?

一つ思っている点としては、僕が入った時期と今とを比べると、自分が主体的に創っていくという意識は、全体としてどうしても薄くなってしまっているところはあるかなと。やっぱり僕が入った当初は、創業から半年ぐらいのタイミングなんで、人も少ないし、自分がどう行動するかでどうとでも組織を変えられるっていう意識をみんなが持っていて、入りたてのメンバーにもかなりの主体性が求められてたなあと。

今は組織も大きくなって、仕組み化がだいぶ進んで、研修体制もしっかりしてきたから、創業期的な主体性っていう部分では変化が出るのは当たり前なんですけどね。もちろん良い変化もいっぱいあって、特に顧客に提供しているサービスは飛躍的に向上してます。主にStanceBuilding開発によるところで、講師がこんな武器を持って生徒に向き合える個別指導ってすごいよなというのを、率直に感じています。

ー最後に、これから社会に出るにあたっての思いを。

自分がSTORYで価値を出せたとは正直思えていないんですが、それでも一番思うのは、自分は驕りを持ったら終わりやなと。STORYをやってたからといって、所詮インターンだし、「お前なんてまだまだやぞ」と自分に言い聞かせるようにしています。社会も周りも変化していく中で、自分だけ「これでいい」って止まってしまったら、自分は終わりやなと思うんですよね。「自分はまだまだだ」という謙虚さを常に意識的に持って、頑張っていこうと思います。

宮崎 潤

JUN MIYAZAKI

同志社大学5回生
株式会社ネットプロテクションズ内定

みやじゅんと呼ばれています。あたかも経営者かのような写真を撮られるのが得意です。2017年の9月からネットプロテクションズで働き始めます。

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