GANJI WATANABE

自分の個性を強みにして、
本当にやりたい教育をやる。

渡邉 元士 関西学院大4回生
株式会社ゼネラルパートナーズ内定

— 最初に簡単に自己紹介をお願い致します。どんな人か教えてください。

どんな人か。難しいし、恥ずかしいですね(笑)。

まず、めっちゃ不器用。あと、『マイナスの状態にいる人を助けたい』という想いは強いと思う。だけど、不器用やからかな、なかなかそういう感情が表に出ない。人から「怖い」ってめっちゃ言われます。

— STORYに入ったのも、『マイナスの状態にいる人を助けたい』という想いからですか?

いま考えるとそうですけど、ジョインした当時はそこまで言語化できていませんでしたね。当時は、STORYに入る前にバイトしていた塾に対して不満ややり切れなさを抱えていて、それが直接のきっかけで入社しました。

— 以前の塾に対する不満というのは?

まず、そもそも僕が塾でアルバイトをしていた理由というのが、自分自身が教育によってマイナスの状態から這い上がれた経験があったからなんですね。それに対してとても感謝していて、自分も教育というものを通して他者のために何かしたいと思ったのがきっかけです。だから、かなり強い想いを持って活動してたんです。だけど、普通の塾って、そこまで顧客への提供価値にこだわっていなくて、疑問を感じることがかなり多かった。

まず講師の採用基準が緩いし、研修も形骸化しているから、講師の質が低い。さらに、授業形態も基本的には生徒2人を相手に講師が1人、または3人以上を相手にすることもある。生徒と真剣に向き合おうと思ったら、複数の生徒を同時に見るやり方では、難しいんですよね。1対1でさえ難しいのに、ましてや2人以上を相手になんて、価値が担保できない。

要は、講師のレベルは低いのに、レベル低い講師にはできないやり方を塾全体で採っていたんですよ。実際、ぜんぜん生徒に価値提供できていない状態が続いていましたし。そこに自分はめっちゃ憤りを感じていました。「なんでこんな人採用したんやろう?」「なんでこんな授業形態を採用しているんやろう?」「ほんまに子ども達のこと考えてんの?」と、疑問に思うことがとにかく多かった。

そんな時にSTORYと出会って、「ここでなら生徒への価値に拘れる」って思いました。

— なるほど。ところで、「マイナスの状態」って具体的にどういうことですか?

端的に言うと、「壁を乗り越えることができずに、しんどい思いをしている状態」のこと。

いきなりですけど、生きていくことってそれ自体めっちゃしんどいことやと個人的には思ってるんですね。生きていくうえで、壁にぶつかることなんて普通にあるし、そしてその壁は年を重ねるごとに高くなる。そして、壁を乗り越えられないことは、めっちゃしんどい。

自分の夢を叶えたい、幸せな家庭を築きたい、好きな人と結婚したい。いろんな願いがあるのに、それが実現出来ない。実際、僕の地元にはこういう人がめっちゃ多いんですね。地元だけじゃなくて、STORYで採用面接をしていく中で、そういう学生もたくさん見てきました。

そういう人の多くに共通しているのは、「壁を乗り越える力がない」、そのせいで「壁を乗り越えようと前向きになることさえできない」、という悪循環。これはその人たち自身が悪いのではなくて、これまでの人生でそういう力を鍛える機会に恵まれてこなかったということだと思うんですね。だから僕は、「勉強やりたくない」って言って逃げてる生徒や、「自分には無理や」って思ってる生徒たち、つまり壁から逃げてる生徒のために何かしたいという気持ちが、当時からずっとあります。

周囲の学生との温度差と、教育への想い

— 大学に入ってからSTORYに入るまでは、どんなことをされてきたんですか?

まず高校卒業してすぐ、大学の入学前から塾でバイトをしていました。だから、大学入学時には既に家にホワイトボードがあって、彼女相手に授業のロープレとかしてました。

既に塾にコミットして働いてる状態で大学に入学したので、これ言って良いか分かりませんけど、入学式当日で「大学にはクズがいっぱいいるな」って思いました(笑)。「サークルとかやってること価値ないやん?」みたいに、当時は思っていましたね。

— 言い方が・・・(笑)。ではサークル等には入っていない?

サークルには最初から入るつもりなかったですね。先輩に誘われて新歓だけ一回行ったんですが、そこで知らない上回生が僕の足に酒をかけて、ムカついて舌打ちしたら、なぜかそれだけで喧嘩になった。それで僕としては「サークルはクソだ」というエビデンスが取れて、それ以降一切そういう団体とは交わらなくなりました。その頃は自分の中で常に大学生批判をしていました。もちろん今思えば、価値観の許容範囲狭い自分がクソやと思います(笑)。

大学に友達は1人しかいなくて、授業とかも1番前で1人で受けてました。空きコマは基本的に図書館で塾の予習をして、大学終わってからはすぐ塾のバイト。そういう生活でした。

— 塾の仕事にそこまで打ち込めたのはどうしてでしょうか。

自分自身が教育によって救われたことがある、というのが大きかったですね。僕は中学3年生くらいまで、学校に筆箱を持っていかないくらい、いっさい勉強していなかったんです。頭もくそ悪かった。

今でもめっちゃ覚えてるのが、中3になって塾に行き始めて、英語の授業で先生がみんなに「1人づつ順番に助動詞言っていって」って言ったんですよ。なぜか僕は「willは助動詞」だけギリギリ知っていて、それ以外は知らない。「will」しかない。それで案の定、先に他の人に「will」言われて、僕は何も答えることが出来なかった。そのくらいやばかったです。

なのに、そんな自分に期待をかけて、自分に向き合ってくれた先生がいたんですね。その人のおかげで頑張ることが出来たし、成績も上がった。たしか、学年200人中180位から32位まで上がったかな。これが、僕が人生で初めて壁を乗り越えた経験で、自分にとってはすごく大きかった。この経験がなかったら今の自分はないと思うくらい大きい出来事。そういう経験を子ども達にもして欲しくて、塾の仕事を頑張っていましたね。

— 自分と同じように、壁を乗り越えて欲しいと。

そうですね。あともう一つ、頑張っていた理由は、「生徒にとって価値のある授業」を創ることは簡単じゃないと知っていたから。僕自身が塾の生徒だったときのことなんですが、高3の夏に先生が変わって、僕はそれからしばらくして塾を辞めたんですね。単純に、「この先生の授業微妙やなあ」と感じて。今考えても、別にその人が手を抜いていたわけではなくて、むしろ本気でやってくれていたと思うんですよ。でも当時はそれを意識することもなく、辞めることを選んだ。

つまり、講師が「どれだけ頑張っているか」は、顧客である生徒には関係ないということですよね。大事なのは、「真剣に聞くに値する授業をしてくれるかどうか」だけ。だから講師は経験が浅かろうが何だろうが、生徒にとって価値のある授業をしないといけない。そう思っていたから、自分が新人のときは、分かりやすく面白い授業が出来るように猛烈に頑張っていました。「自分が顧客だったら」という観点を常に持っていたように思います。

— プロ意識ですね。あと、大学の授業もしっかり受けていたというのは、何か理由があるんですか?

それはめっちゃ単純で、「勉強していないやつが、勉強を教えてはいけない」と思っていたから。別に大学の授業である必要はないと思いますけど、自分は何もせず、大学でウェイウェイしているだけの人間が生徒に「勉強しろよ」みたいなことを言うのは、違うと。実際にそういうやつが講師でもいたんですね。自分は大学でサークルでウェーイしているだけやのに、生徒に「ちゃんとせえよ」とか言うてるやつが。こういうやつの言葉ってめっちゃ軽いんです。だから、生徒にも伝わる訳がない。

— 面白いですね。他にされていたことは何かありますか?

大学1年の終わりに、カンボジアの教育支援のボランティアに参加しました。カンボジアに行った理由は、塾の授業で貧困地域の長文が出てきて、その時に「勉強できる環境があることは有難いことなんだよ」みたいな話を生徒にしたら、「先生行ったことあるん?」って言われて(笑)。それ以上詰められることはなかったんですけど、「現地のこと知らんのに言っても伝わらんよな」って思ったから、行くことにしました。

実際行ってみて感じたのは、『向こうの子ども達は夢があって、勉強への熱量も高い』ってこと。ただ、そうやって夢を持って勉強しているんやけど、実際その村から高校とか大学に進学している子どもってめっちゃ少なかって。『当人にはどうにも出来ない問題が世の中にはある』って初めて体感しました。

で、大学2年の終わり、STORYに入る前にもう一回カンボジアに行きました。1回目は興味本位みたいな感じで行って、自分が学んだことが多かった。逆に、現地の子ども達には何も提供出来ていなかった。だから、2回目は彼らに何かを返したかった。「与えられたら返す」みたいな想いが自分の根底にあるんやと思います。

「普通の人に収まるな」。

— カンボジアから帰って、STORYへ。

そうですね。代表の毎悟克さんに会って、「なぜSTORYをやっているのか」という話を聞いて。「なぜ始めたのか」「なぜSTORYが子ども達、社会にとって必要なのか」という観点で話してもらいました。あと覚えているのは、「あなたのやりたいと思っていることはSTORYで出来る」と言われたこと。

— やりたいことって何だったんですか?

当時働いていた塾に対する不満が大きく関係しているんですけど、理想とする塾、教育みたいなこと。具体的に言うと、講師の質の高さであったり、1対1の授業形態であったり。でも一番響いたのは、「大学受験をゴールにしてはいけない」という考え方が一緒だったことですね。

大学1年の頃の自分は「大学生は全員クズだ」と思っていたわけですね。ところが、自分が指導していた高3の子が大学生になってみたら、その子達の多くもそんな大学生になっていて。それが自分には全く理解出来なかった。

「なんで高3の時、あそこまで時間も心も使って勉強にコミットしていたのに、大学に入ったらダラダラするんやろ?」「この先、今まで以上に高くて分厚い壁が待っているのに大丈夫か?」ってすごく疑問だったし、心配でした。実際、短大に進んで就活を始めた子なんかは、「ほんまに何もやりたいことないし、大学生活も何もしていないから、面接で話すことないんですよ」という状態になっていたし。

そのときに「1年間一緒に頑張ったあの日々に意味はなかったのかな」「自分は本質的な価値は何も提供出来ていないな」って思ったんですね。それから「大学受験をゴールにするのは違う」って強く思うようになって。特に高3の子には「大学生活を見据えた上で大学受験に取り組んでもらいたい」と思って、塾での指導スタイルを工夫していました。

ここがちょうどSTORYと重なった。STORYは大学生活だけではなく、その先のキャリア、つまり働くという領域にまで目が向いていた。まさに自分のやりたいことやと思いました。こういう教育をやるとなると、さっき言った講師の質もめちゃめちゃ重要になってくるし、授業形態も1対1じゃないと絶対無理。その生徒の想いや価値観を洞察したり、本質的な課題を発見して、そこを解決しにいく必要があるから。

— みごとに重なっていますね。

そう。あともうひとつ、入社の動機になったことがあって。

毎悟克さんの面接を受けたのは、2回目のカンボジアのボランティアの後すぐだったんですね。「子ども達に何かを提供したい」って想いを持って行ったボランティア。実は、それがあんまり上手くいかなかったんですよ。なぜかと言うと、自分の中での基準値というか、「ちゃんとした価値を提供したい」という想いがかなり強くなっていて、他のボランティアに来ている人とか、運営のNPO団体との温度差がめちゃくちゃあったんです。

例えば、カンボジアに行く前に電話がかかってきて、「2回目なので村でウェルカムパーティーをしたいです。ケーキとかを用意したいと思っているのですが大丈夫ですか?」って言われて。僕は正直「は?頭おかしいんかな?」って思って。そんなお金があるなら、子ども達のためにもっと何かしてあげろよって話じゃないですか。それって結局リピーターを狙うための施策でしかなくて、子ども達のことを考えてのことではないのが丸見えだった。

そういうのにいちいち憤りを感じて、ボランティアの活動自体に純粋に取り組めなくて。結局、子ども達に何か提供出来たかって言われたら、胸張って「出来ました」と言えるような時間にすることができなかった。

よくよく考え直してみたら、「これは自分の協調性のなさが原因だな」と思い至って、めっちゃ反省したんですね。結局、周りの基準値がどうとかっていう話ではなく、自分が協調出来なかったことが問題やったなと。だから帰国してからは、「自分の課題は協調性や」って思って生きていて。周りに合わせるじゃないけど、如何に調和するかを常に意識していました。

それを面接で毎悟克さんに話した時に、毎悟克さんから「それは課題じゃない。個性。お前の『もっとこうしたい』とか、そういう気持ちは個性。それを変に抑え込んでしまうのは、面白くない。普通の人に収まるな」って言われて、それが刺さった。今改めてその言葉を解釈すると「その個性を潰すのではなく、如何に価値に結びつけるを考えなさい」って言われてたんかなぁと思うんですね。

— 「あなたは協調性を身に付けなくていいよ」って、なかなか言えることじゃないですよね。

ほんまにそう思います。今まで、塾とか他の組織で、「あなたの個性やCANはこれです」みたいなことを言われたことがなかったから、めっちゃ新鮮でした。「ここでなら、自分を押し殺すのではなく、個性を活かしながら活動出来るのかな」というのを感じました。

それに、「目の前の人に『あなたの個性ってこれだよね』って的確に言える、そんな人がやっている個別指導ってどんな教育なんやろう」「この人が創っていく塾、教育、社会、ってどんなものになるんだろう」ってワクワクしました。「この人は本気なんやろうな」ってめっちゃ思いました。

— おもしろいですね。

「これは自分のダメな部分や」とか「人とは違うこの部分は直したい」とか思ってたけど、それは単なる『個性』なだけ。こういうことってSTORYでよくあります。それこそ、STORYで日常的なワードとして出てくる『ADHD』なんかもそう。学校とかだったら「あいつ変だな」とか思われて嫌な思いしたりとかしているけど、その人にはその人なりの個性やCANがあって、それを活かしてSTORYで価値発揮している人が普通に周りにいる。

『個を尊重する』という文化

— ガンジさんから見た、STORYの良い面と悪い面を教えて下さい。

良い面でいうと、やっぱり『個を尊重する』という文化。自分はこの環境にいたことで、人間理解が幅広くも深くもなったと思います。

大学1年生の頃は「大学生全員ゴミクズ」って本気で心から思ってたし、要は、自分の価値観でしか人を見れていなかった。でもSTORYには、毎悟克さんが「それお前の個性やん」って言っていたのと同じように、自分の価値観を通して見るんじゃなくて、ちゃんとその人のことを見にいく文化がある。

もともと自分は「この人のこういう所、絶対に価値に繋がらへんやん」という見方をしていたけど、実はその人の個性であって、それが価値に結びついているところを目の当たりにして、「人間って多様で、それを価値に結びつけることが出来る」ってことを学びました。特に採用の仕事はそれが顕著。経営陣の中須さんの面談に同席して、僕から見たら「この人のどこが良いんやろ?」って思っても、中須さんはいろんな角度から掘り下げにいって、良さを見つけて、しっかりそのエビデンスまで取りにいく。それはすごく自分にとって学びになって、自分が面接をする時にもすごく活きている。

具体的な名前は出せないけど、今いるインターン生の面接をした時に、80分経つまで一切その人の良さが見つからなくて。でも、「この人にも個性や光るものはある」って思い続けて、色々聞いて行ったら、最後10分の段階で見えてきて。結局その子は僕の後に中須さんの面接も受けて採用されたんですが、その時の評価というか、見ていたポイントが一緒だったんですね。そのとき、「少しは対人の幅が広がったな」って思えました。

この経験はすごく良かった。自分のWILLを考えた時にも、絶対に必要な力やと思うので。

— ありがとうございます。逆に、悪い面というのはありますか?

めっちゃありますよ(笑)。3年目ベンチャーですからね(笑)。

— (笑)

悪い部分はめっちゃあると思うんですけど、もはやそのネガティブなところを解決するのって、自分たちインターン生やと思うんですよね。

具体的に何個か言うと、例えば、自分がジョインした1年6ヶ月前と今のSTORYは、全然レベルが違うんですよ。PDCAを常に回しているから、提供しているサービスの質も高くなっているし、それに伴ってインターン生に求められるレベルも上がっている。だから研修が部署として出来たり、キャッチアップしやすい仕組みは作っているけど、それでもSTORYの力不足のせいで、ついてこれなくなる人が多い。辞めていく。特に、自分の採用した人が辞めていくとかは、ほんまにしんどい。苦しいし、悲しい。

他には、入ってすぐのインターン生と、自分みたいに1年以上いるインターン生の間に生まれる心理的距離とか。結果的に、新しく入ってきた人が居場所を感じられなかったりとか。他にもいっぱいありますよ。

だけど、さっきも言ったけど、これは「組織の悪い部分」というか、自分たちインターン生が解決していかないといけない「課題」だと思っています。別にバイトしに来ている訳ではないし、短期のインターンみたいに学びを得て終わりというものではないですから。

僕たちインターン生がSTORYを創っていく。

卒業後も含めた今後について

— 最後に、今後ガンジさんはどう在りたいですか?

具体ではあまり決まってないですが、「マイナスの状態の人、特に生き方に苦しんでいる人たちのためになることをしたい」と強く思っています。今まで話してきたように、STORYで1年半近くインターンしてきた中で、しんどいことかめっちゃあったし、泣いたこととかも結構あったし、折れそうにもなったけど、この想いだけは消えなかった。大きくなったり小さくなったりすることはあるけど、絶対に消えなかった。

だから、こういうことを人生を通してやっていきたいと思っています。おそらく死ぬまでそう思ってるんじゃないかな。

— 就職先もそういうことをしている会社ですもんね。

そうですね。ゼネラルパートナーズという会社で来年の春から働きます。

今までは障害者の就労支援をずっとやってきていた会社だけど、これからは、障害者以外にも、社会的な構造で生き辛さを感じている人を助ける事業をやろうとしています。代表の進藤さんが『社会課題の解決』に強い想いを持っている人で、会社としては、これから様々な社会課題の解決のために、社内で新しいソーシャルビジネスを創って行くフェーズにある。

社会課題の解決に興味関心のある人を採用して、経営者を社内で育成していく、というやり方ですね。そういう会社に行くので、STORYを卒業した後も、何かしらの社会課題の解決を通して、マイナスの状態にある人々のために生きていく。そう在りたいと思っています。

渡邉 元士

GANJI WATANABE

関西学院大学4回生
株式会社ゼネラルパートナーズ内定

元士と書いて『がんじ』と読みます。不器用で、上手いことするとか苦手です。どんな時も変わらない想いを実現するために、愚直に一歩一歩前に進むのみです。2018年4月からゼネラルパートナーズで働きます。

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